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コラム

【第1章】 創業期 1954年~

ゴミの山からマッサージチェア

フジ医療器の創業は1954年。創業者 故・藤本信夫が、大阪市阿倍野区阪南町に「フジ医療器製作所」を開いたのがはじまりです。当時の日本は、戦後の混乱期からめざましい復興を遂げつつあったとはいえまだまだ貧しく、家庭用浴室も普及する前で、人々は銭湯に通っていました。 

銭湯にタイルを洗う「たわし」を販売していた藤本は、多くの人々が集まり、一日の疲れを癒してリラックスする場所である銭湯の脱衣場を使って何かできないかと考え、マッサージチェアの開発に着手しました。

初期の試作品は、文字通り“ゴミの山から”。木材、野球の軟式ボール、自転車のチェーン、車のハンドル等の材料を集めてきては組み立てることを繰り返し、1954年、ついにマッサージチェア第一号機の量産化を完成させました。

それまでの「人の手や道具を使って肩をたたいたり、揉んだりする」マッサージの概念を打ち破り、「椅子に座れば機械がやってくれる」と大評判となり ました。そうして、次々と快適なマッサージチェアを世に送り出し、フジ医療器は世界で初めてマッサージチェアの量産化に成功するのです。

(写真左)初期の試作機(写真右)大阪市阿倍野区阪南町の フジ医療器製作所

(写真左)初期の試作機
(写真右)大阪市阿倍野区阪南町の フジ医療器製作所

煙突を目指して

創業初期の社員は、藤本信夫とその妻、息子の一家3人と、3人の営業担当のみです。主に藤本夫妻が事務・製作・修理を行い、息子と営業担当たちがマッサージチェアを売りに行くという役割でした。

息子と営業担当は、リヤカーにマッサージチェアを積み込み、銭湯の煙突を目印に街を歩き回りました。当時の主力商品であるコイン式のマッサージチェアを置いてもらうためです。コイン式とは、お客さまが利用する度にお金を入れられるコインボックスを商品に組み込んだマッサージチェアです。

これまでに世に無かった商品を売ることは、簡単なことではありませんでした。そこで、まずは銭湯に無料で置かせてもらい、多くのお客さまが利用することで収益が上がる商品だということを認知してもらうことに専念しました。「これは儲かる」と理解していただいてから購入に結びつける売り方で積極的にマッサージチェアを販売しました。